父が経営するホテルは俺の夏の遊び場
自分で言うのもなんだけど、女の子に不自由したことはない
1シーズンだけの関係もざらだった
そんな自分がまさか恋に落ちるなんて ましてや一目惚れなんて
ありえない
そう思っていた 16のこの夏までは
「んあ?」
ミニクーパーから降りてきた長身の男女
「東京のナンバーだ。・・・なんだあのふざけたナンバー。」
色素の薄い柔らかそうな髪−
「気持ち良さそうだな・・・。」
「あ?なんか言ったか?カイト。」
「いや。あ、あっちにおいしそうな娘がいる。声掛けてみっか。」
「行きますか!」
夏の日課のような出会いと別れ
この夏もなんとなくそんな日々が続くもんだと思っていた
「あれ、さっきの女の方じゃねぇ?」
「男は?」
「ハハ・・あそこで撃沈してるぜ。恋人同士じゃないのか?」
「俺、行ってくるわ。」
「お、おいカイト!ったく本当にババァ好みだよな、アイツは。」
俺が近づこうとしたと同時に彼女はすっくと立ち上がってパレオをとった
海辺には不釣合いな程の白い肌
「赤くなるタイプだな。・・・こりゃ競争率激しそうだ。」
様々な視線を浴びる中彼女は何事もないかのように歩いてた
(この状況に慣れてんのか?)
あらかた人の群れから彼女が外れたのを見届け 俺は彼女に声をかけた
なんとなく俺の取って置きの場所に連れて行った
彼女は驚くほど無防備だった
(なめられてるな俺。大人の余裕ってやつか?)
「香は東京で何してる人?」
「うーん・・・、何って・・・“秘書”・・かな。」
「秘書?彼も秘書なの?」
「あいつは“労働担当”。ま、いわゆる“何でも屋”ってとこかしら。」
「ふーん。じゃ“何でも屋さんの慰安旅行”なんだ。」
「そういう事になるかな。カイトは地元の子?」
(“子”っておいおい・・・。完全に子供扱いじゃん)
「そう。香気をつけないと、赤くなるよその肌じゃ。」
「さすが地元の子ね。日焼け止め塗ってるんだけどこの日差しじゃ逃れようがないわよね。」
「無理だね。その格好じゃあ、ね。」
彼女は噴出し笑った 笑顔が眩しかった
香の好みのタイプは線が細い人だとか 仲間は良い人ばかりだとか 俺の友達はバカばっかだとか・・・
取り留めの無い話を俺と彼女はした ここで別れるのが本当に惜しい女だった
岩場でナンパに撃沈して膝を抱え座っている彼の姿が目に入った
「そろそろ回収に行ったほうが良いみたいだよ、香。」
惹きたて役に彼を使った
“本当に駄目な人”といった彼女の横顔に違和感を感じた
この時気づいていれば!!
再会の約束をした
約束の12時 彼女はまだ来ない
(こりゃ駄目かな・・・)
諦めかけたとき 息を切らせ 白いワンピースをはためかせながら駆けてくる彼女が見えた
「香〜っ!こっちこっち。」
俺は再び取って置きの場所に彼女を導いた 女を連れてきたのは初めてだった
色素の薄い髪は濡れ 心地よいシャンプーの香がしていた
幻想的な光に包まれた彼女は予想以上にきれいだった 思わず言葉が漏れた
「きれい・・・。」
彼女のくしゃみで我に返った 彼女の手を引き洞窟を出た
その手はやっぱり赤くなっていた
この時の感触はおそらく一生忘れられないだろうな・・・
帰り道
彼女の美しさに当てられたのか 波に酔ったのか
一言も発せずにいた
手は握ったままだった
「香。」
その男の声に無理やり現実に引き戻された
大柄なその男は一瞬にして彼女の注目をさらっていった
「じゃあね。」
失恋した
告白したわけでも 振られたわけでもない でも
彼女の全神経の注目をいとも簡単にあの男は奪っていったんだ
完全な敗北
悔しかった
男は帰り際俺を一瞥した
「!!!」
これ見よがしに男は彼女にキスをした
腹が立ったが 同時に 嬉しかった
あんなに彼女の注目を浴びている男が大人気なく俺にヤキモチを妬いた
俺を一瞬でもライバル視したんだ
おれは月夜に浮かぶ彼女の白いワンピースとその細いウエストに絡まる太い腕に
嫉妬した
無力感と脱力感と爽快感が残る 16の夏だった