第十六話:秘書

息せき切って男が駆けつけた建物は案の定厳戒態勢がとられていた。
大事の前の小事とはいえ、ここで警備の奴等とひと悶着起こすわけにはいかない。
男は女刑事の指示通り、少々遠回りではあるが目的の部屋に通ずる裏通路を使った。
いや、もはや通路とは呼べないかもしれない。

「冴子のやつ・・、俺を殺す気か?」

あるところはダストシュートであり、あるところは高層ビルの外壁であり、
あるところは換気口通路であった。
少々手間取りながらも、超人的な速さで男は目的の部屋へと到着した。
そして換気口通路から降り立つが、肝心の依頼人の女の姿がない。

「残念。」

悪癖悲しいかな男が降り立ったのはバスルームであった。
男はゆっくりとドアに歩み寄ると、ドアの向こう側にある気配に注意を向けた。
感じる気配は2つ。男は同時に違和感を覚えた。
男は細心の注意を払いつつ、ドアを一気に開けた。

「美香ちゃん!伏せろ!!」

男は部屋の中へと勢いに任せ転がり込むようにして入り、銃を構えた。
そこにはあるはずの依頼人の女の姿はなく、突然の出来事に驚きを隠せずにいる知的な男と
見慣れた金髪の男が笑いを堪える姿があった。
金髪の男は堪えきれず、笑い出した。

「冴羽さんですね、初めまして。庄野の第一秘書、境と申します。」

状況を飲み込めず間抜け面を晒しつつ床に転がる男に対し、
境と名乗る男は実に紳士的な態度で名刺を渡した。

「どういうことかな?」

男は不満を露にした。金髪の男は笑いを止めることができないでいる。

「ここでは何ですから、どうぞこちらへ。」

境は男をリビングルームへと促した。
さすが一流ホテルというべきか、そのスイートルームには実に豪華な調度品と設備で溢れていた。

「今、ミックと祝杯を挙げていたところです。」

「ほう、何の祝杯だ?」

男は仏頂面のままどっかりとソファに座った。

「お嬢様に降りかかっていた火の粉が振り払われたそのお祝いです。どうです、冴羽さんも一杯。」

境はそう言って男にフルートグラスを用意すると、シャンパンを注ぎ込んだ。
小気味良い炭酸の弾ける音と、金髪の男の苦笑が無駄に広いその部屋を満たす。

「いつまで笑ってやがんだよ!ミック!!」

「いや、すまない。・・・ククク・・。いや、実に格好良かったよ。  リョウが乗り込んで来た時は・・ププーッ。」

金髪の男は思い出すとまた噴出した。

「で?美香ちゃんは?火の粉が払われたってどういうことだ?」

「お嬢様はお帰りになりました。お嬢様を狙っていた輩が死んだのです。」

「死んだ?」

「はい。高層ビルの屋上から飛び降りまして。」

「ミック、お前何か・・」

「わが社の社長様は実に有能な秘書さんをお抱えでね。」

金髪の男はふーっと深い溜息をつき笑いにひと段落つけると、また溜息混じりに言った。

「ありとあらゆる情報に精通したお方でね、この秘書さんは。いざというときの為にオレを雇ってたんだと。」

「ほう。境さんね。あまり聞いたことはない名だが?」

「誤解しないで下さい。私は社長をお守りする為に必要な情報を集めているまでのこと。あなた方の様な方と
 お付き合いせねばならない状況は本来避けたいのです。仕事上では。」

境はそう言うと眼鏡を直し、一呼吸置いた。

「社長はあの通り、何でも表から、真正面から捉える方です。勿論反感や恨みを買うこともままあります。
 そういった火の粉を振り払うのも秘書の務めだと心得ています。ですから、今回の事もこちらで内々に
 進めさせて頂いていたのです。あなた方が親密であるとは大きな誤算でしたが、良い方に転がって本当に
 良かった。」

境はにっこりと男に微笑んだ。しかし、男は面白くない。

「で?犯人、黒部を追い詰めたのはミックってわけか?」

「はい。惜しいことを。」

境の言葉に男二人は眉をしかめた。

「黒部は実に有能な秘書でした。あまりに有能過ぎた為使う側の人間がその能力を恐れたほどです。
 彼は弱みを握られていたんです。本当ならば、裏の仕事などもうする気も必要もなかったろうに。」

境は窓の向こうに広がる夜景に視線を馳せた。
この街にワケ有の人間は沢山いる。
境という男も一筋縄ではいかぬしがらみを背負った男であるということを男たちは察し、
あえて詮索するような発言はしなかった。

「おそらく黒部のみに罪が着せられ終焉することでしょう。誠に不本意ですがね。
 冴羽さんもミックもお疲れ様でした。ささやかですが、好きなだけ召し上がって頂いて結構です。
 費用はこちらでもちますので。・・・と、ハイ、ここまでがお仕事。」

境はそう呟くと軽く溜息をつきガラッと声色を変えた。

「さーて!パーッといくぞ!!ミック!!ったくあのじゃじゃ馬親子は毎度やらかしてくれるよ。
 あ、冴子さーんっ、もういいですよ。こっちで一緒に飲みましょう。」

境の豹変ぶりに男は呆気にとられた。

「ハーイ、リョウ。お久しぶり。ほんと優秀な秘書さんで助かっちゃったわ。」

名前を呼ばれた女刑事は上機嫌で奥の部屋からひょっこりと顔を出し、男たちの方へと歩いてきた。
金髪の男は女刑事用のフルートグラスを用意すると、男に近づき囁く。

「な?なかなか優秀な秘書さんだろ?」

「食えないやつだな。」

男はそういって、ふっと笑みをこぼした。
女刑事が斜向かいの席に着くのを見届けると男は問うた。

「香は?」

「大丈夫。隣の部屋で休んでいるわ。ちょっと疲れてるみたいね。それにしても見事な演技っぷりだったわよ、
 お二人さん。」

女刑事はにっこりと甘い笑みを送った。

「何々?演技って何の話だよ。」

金髪の男は興味津々といった表情で男に顔を寄せた。

「別に、何でもねぇよ。」

「あれ?あれは演技だったんですか?私はてっきり香さんは恋人なんだと思ってましたが。
 それにしては迫真でしたねぇ。」

ほろ酔い状態の境が横から口を挟んだ。

「あ?なんであんたが知ってんだよ。」

「あれ?気づきませんか?」

境はそう言って眼鏡を外し、サングラスにかけ変えた。

「あ!お前、俺の事怒鳴りつけた・・・」

「はい。いやぁ、あんなに人がいる中で堂々と・・・。さすがですねぇ。」

境と女刑事はクスクスと意味ありげに笑い合った。

「なんだよその迫真の演技ってのは。」

「うるせぇ。さーて、パートナーのご機嫌伺いでもしてくるかなぁ。」

しつこくにじり寄る金髪の男を尻目に、男は宙に言葉を放ちつつ席を立った。
その背中に女刑事がはなむけの言葉を送る。

「あ、ねぇ、リョウ。なんだったらこのスイート、今日明日とあなたたちにプレゼントしてもよくってよ。
 ねぇ、境さん?」

「ええ、構いませんよ。」

「いらねぇよ!!」

男はひと叫びすると群集の嘲笑を背に、パートナーが眠る部屋へと入っていった。

第十五話<<

>>最終話


copyright(c)2002-2003 sakuraooedo

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル