依頼人の女がキッチンへと入ると煮えたぎる鍋に視線を落としたままの女の姿があった。
「香さん?」
「え?あ、あーやだっ!!」
女は依頼人の声で我に返り慌てて火を止めた。
「何かあったんですか?」
「・・・美香さん、もう一度依頼内容を聞かせて貰えるかしら?」
「依頼内容・・?今更何を・・・。」
「お願い、大切な事なの・・。」
依頼人の女は女の言葉の真意を測りかねたが、女の真剣さに折れ依頼内容を復唱した。
「ですから、私が探している人に出会うまでボディガードを・・。」
「美香さん、探してる?本気で会いたいの?その人と。」
「冴羽さんと同じこと言うんですね・・。」
「あなたみたいな新聞社の社長令嬢が、うちみたいなところにガードを頼むなんてよっぽどの事だろうと
思ってたんだけど・・。会いたい人がいるなんて嘘なんじゃないの?
・・・ま、ある意味本当かもしれないけど・・・。」
女は昼間自分がした邪推をもう一度噛み締め、依頼人の女に問うた。
「この話、続きは食事の後にしましょうか。」
依頼人の女は一際低い声できっぱりと女に告げた。
その日の夕食は重苦しい雰囲気が漂っていた。女は食事を用意したきり一言も発せず、
依頼人の女も静かに黙々と箸を運んでいる。
男はその雰囲気に苦笑いしていた。
食事を終えると女と依頼人の女はテーブルの上を片し、男はリビングへと向かった。
洗い物は女が引き受けると言い、依頼人の女も遅れてリビングへと姿を消した。
女は深いため息をついた。
リビングでは同時に男がため息をついていた。
「ったく何なんだよ・・・。」
男は独り不平を漏らしていると、依頼人の女がリビングに入ってきた。
「冴羽さん今日のことなんだけど・・・。」
依頼人の女は俯き加減に言葉を発した。
「犯人に心当たりでも?」
「いえ。・・・その事じゃなくて。その、・・・私。」
依頼人の女が言わんとした事はその表情からみてとれた。微かに頬を紅潮させ、瞳は潤んでいる。
「わかってる・・・頭ではわかっているんです。こんな事はおかしいって。でも。もう・・・止められない、
気持が止められないんです!!」
依頼人の女はそう言うや否や男へと駆け寄り、すがった。
「美香ちゃん、嬉しいよ・・・。だが俺は―」
「二人とも、コーヒーが入った―」
その時女がコーヒーを持ってリビングへと入ってきた。
女は自身の目前に広げられた光景に心が瞬殺された。
依頼人の女は動こうとしない。
女の殺気が瞬時に男に伝わった。
「わ、ちょ、ちょっと待った!香!!」
女は静かにコーヒーをトレーごと床に置いた。
次の瞬間
「問答無用!!!」
ハンマーを振りかぶった。しかしそのハンマーが振り落とされる事はなかった。
依頼人の女が両手を広げ男をかばったのだ。
「何があったか知りませんが止めてください!」
女は依頼人の女の必至さに唖然となった。
「あの・・美香ちゃん?」
「冴羽さんは黙ってて。彼氏と何があったかは知りませんが、プライベートを仕事に持ち込むのは
良くないと思います。香さん、彼との時間だって最初は楽しかったんじゃないですか?」
「え?・・・あの美香さん?」
依頼人の女の勢いに女は押され気味であった。
「だって、首にキスマークつけてるじゃないですか。朝お会いしたときは無かったですよ!」
女はハッとなり首に手をやった。
「なんだよ香〜。彼氏と上手くいかなかったからって八つ当たりするなよなー。」
「僚まで何言って・・・。」
女が男に視線を移すと震撼するほど冷たく深い瞳が女を見据えていた。