第九話:本当の愛し方

「こ、これはどういう・・・・・。」
女は見慣れない光景に呆然とした。
今朝まであった男との生活の跡が消えてなくなっていたのだ。
今朝飲んだコーヒーのカップも、女が寂しくないようにと男が用意した花も、二人で座ってテレビを見たソファも
何もかもが全てなくなっていたのだ。そこには何も無いただの空間が広がっていた。
(そ・・・んな、馬鹿な・・・・。私部屋間違えたのかしら・・・・。)
女はリビングから後ずさり、自室に向かって走り、勢いよくドアを開けた。やはり、何も無い空間がそこに広がっていた。
「う・・・嘘・・・。」
しかし絨毯に残る家具の痕跡は確かに女の部屋であったことを物語っていた。
何が何なのかわからず、女は玄関へとかけだした。
(・・・テッド・・・テッド、テッド!!)
女は心の中で男の名前を連呼していた。
女が玄関に差し掛かったとき、チャイムが鳴った。
(テッド?!)
しかし女は身についた防御行動からすぐにはドアをあけず、リビングに戻りインターフォン越しに声をかけた。
「はい。」
「香。俺だ。」
(僚?!)
あまりの驚きに女は声が出なかった。
「香、開けてくれないか?」
「な、何しにきたのよ。か、帰ってよ。」
女は動揺を隠せなかった。
テッドに対して前向きになったとはいえ自身の心に嘘はつけない。
「話がある。」
「話?話すことなんて私にはないわ。帰って。」
「俺にはあるんだ。」
「帰ってよ・・・お願い・・・。」
女は搾り出すような声で言った。
「テッドの事だ・・・。」
(テッドの?!)
「・・・・・わかったわ。」
そう言うと女は玄関口に立った。
鍵をあけドアを押し開けようとした瞬間逆にドアをめいっぱい引かれ、女は前のめりになり外に飛び出した。
女は大きな男の胸の中に飛び込んだ格好となり、男は女を受け止めた。
「痩せたな・・・お前。」
男が女にそう言ったと同時に、女の緊張の糸が切れた。
女は声を上げて泣き出した。
それは自分が声を上げて泣ける場所はここしかないと女自身が自覚した瞬間でもあった。
「おいおい、ガキじゃあるまいしそんな大声で泣くなよ。恥ずかしいだろうが。」
そう言って男は泣きじゃくる女の声を封じるのが目的であるかのように、女を力強く抱きしめた。女は男の胸に顔を埋めた。
ひとしきり泣くと落ち着いてきたのか女は男の顔を見上げた。
「りよぅ・・・・、どう・・・して・・・ここが・・・わかった・・・の?」
女はしゃくりあげながら男に尋ねた。
「テッドがな、お前に手を焼いてるから引き取ってほしいって言ってきたんだよ。
 俺としては迷惑だって言ったんだけど、お願いされちゃって・・・・。」
「な・・・んです・・・ってー?」
久々のハンマーに男は震撼した。
「わー、ちょっとタンマ、そうそう手紙預かっているんだったー。はい、これ。」
「手紙?テッドから?」
「そう。」
男はぶんぶんと大きく頷いた。女は手にしたハンマーを男に軽く落とすと手紙を読み始めた。
「んー・・・・なづがじい・・・ごの・・・がんじょぐ・・・ぐぐ・・・うぅぅ。」
男は玄関先のコンクリートに沈められた。

『 Dear香
  僕は生まれて初めて神の奇跡をみたよ。
  君に出会えたこと、君と再会し生活をともにできたこと
  僕にとってはイエスの復活に勝るものだった。
  絶望に打ちひしがれている僕にとって君は最後の希望だった。
  以前話した通り僕には時間が無い。
  その焦りからかどうやら判断を間違えていたようだ。
  愛する君と一緒にいたいと思うあまり、僕は君から大切なものを奪い取ってしまった。
  時間、笑顔、そして何より君が愛したものたちを。
  愛し方を誤っていたのはどうやら僕のようだね。
  本当に済まない。
  謝ってすむ問題じゃないのはわかっている。
  だからその償いとして君に最後で最大のプレゼントをしよう。
  君が笑顔を絶やさず、幸せに暮らしていけることを祈っている。
  本当にありがとう
                   a lot of LOVE   by Theodore      』

女は読み終えるや否や声を上げることなくはらはらと涙を落とした。
「香・・・・。」
男に声をかけられた女は力なく玄関先に座り込んだ。
「どうして・・・。」
女にはその言葉が精一杯の表現だった。
男は座り込んだ女に合わせて自身も身を屈めた。女の肩が震えていた。
男は力強く女を引き寄せると、強く抱きしめ女の耳元で囁いた。
「戻って来い。」

この瞬間を女は幾度となく夢見てきた―。
淡い期待と、冷たい現実と。自分の感情と現実に翻弄され、いつしか望まなくなっていったこと―それが今目の前にあった。
「だめよ・・・。もう戻れない・・・。」
「香?!」
「だって・・・・自分から捨ててきちゃったんだもの・・・。あんなにやさしい人達に・・・・何の相談もせずに・・・・。
 どの面さげて戻れば良いのよ。皆きっと呆れてるわ・・・・。」
女は男の腕をするりと抜け、男に背を向けた。男は女の震える肩をそっと抱いて呟いた。
「そんな街じゃねえよ。あそこは・・・・。」
女を勇気付けるには十分すぎる言葉だった。
「去るもの追わず、来るもの拒まず、そんな街だから俺みたいなもんでも生きていける。」
「僚・・・・。」
「それとも何か?このテッドとかいう男に未練があるのか?香ちゃん?」
「なーにバカ言ってんのよ。こんないい女を置いていくような薄情な男!こっちが願い下げよ!!」
そういって女は男に笑いかけた。
「それより僚こそ、あたしが戻ったら困るんじゃないの?戻ったら女が裸で待ってたりするのあたしは嫌よ!」
「そ、そんなこと、いつあったよ?!」
「何うろたえてんのよ。例えばの話。何?あんた、心当たりあるんじゃないの?」
「うるせえ、見てきたような口利くなよな!」
「どうだかね。」
「あー、戻れなんて言って早まったかも〜りょうちゃーん。」
「なんですって〜〜〜!」
怒りをあらわにした女の頭を、男はクシャっと撫でた。
「帰るぞ。」
男の言葉と行動に促され女はその場を男と共に立ち去った。

―帰る
望んでも叶わなかったその言葉を簡単に使ってしまえる男を女は憎らしいと思った。
なんてあっさりと自分の心をさらっていくんだろうと、感心すらした。
帰る道すがらの車内はFMラジオだけが元気よく流れ、男と女は言葉を交わさずにいた。
女は不安と期待でいっぱいだった。

かつての住み慣れた場所に到着すると女は建物を見上げた。
「戻って・・・・来た・・・・。」
女は聞こえるか聞こえないかの声で掠れるように呟いた。
「何ぼーっとつっ立ってんだ。中入れよ。ったくお前のパートナーしっかりしすぎだよ。」
「え?」
「お前の荷物全部業者に頼んで送ってきてんだよ。お前の部屋に運んであるからな、自分で片付けろよ。」
「・・・・うん。」
女は男の後について建物の中へと入っていった。

中に入るとその部屋の様子に女は絶句した。あまりにも部屋が汚かったからである。
「これじゃあ、女の連れ込みようもないわね・・・・。」
「あん?香何かいったか?」
「別に〜♪」
女は不安の一つが解消され、上機嫌になった。
「さて掃除から始めますかー。」
そう言って女は上着を脱ぎ腕まくりをするとテキパキと片付けを始めた。
そんな様子を男は柔らかい安堵の表情で見守っていた。
「なにくつろいでんのよ!僚、ホラあんたも手伝う!!」
「へーい。」
男はゆっくりと立ち上がると女とともに片づけ始めた。
「あー、もう、あんたのせいで高い服が台無しよ。」
女は服についた埃を払いながら、不平をこぼした。
「そういえばあいつ、お前、金かかるっていってたなあ。」
「何よそれー。あたしは、ねだってなんかないわよ!!でも・・・・・。」
女はクスクスと思い出し笑いをした。
「あたしが元気ないと色々なプレゼントしてくれたのよ・・・。昔っから変わらないのよね、そういうところ。」
「へー。」
女の様子に男はやや不機嫌になり、愛想の無い返答をした。


第八話<<
>>第十話

copyright(c)2002-2003 sakuraooedo

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル